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熊本地方裁判所 昭和35年(む)508号 判決

被告人 西川敏昭

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反及び傷害被告事件につき昭和三十五年六月八日熊本地方裁判所裁判官がなした保釈許可の裁判に対し検察官原田重隆から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

本件準抗告の理由は別紙(第一)準抗告申立書写記載のとおりであるところ、一件記録によれば被告人が別紙(第二)記載の公訴事実により起訴されると共に右事実に基き刑事訴訟法第六十条第二号の事由ありとして勾留中、昭和三十五年六月八日弁護人野呂汎より熊本地方裁判所裁判官に対し保釈の請求がなされ、同裁判所裁判官奥平守男においてこれを容れ保釈許可の裁判をなしたことが認められる。ところで右記録を検討するに、本件事犯が集団的な性格のもので被告人の共犯者と疑がわれる者数名は警察より任意出頭を求められたのにこれに応ぜず、被告人と同程度に主導的な行為に出たと目される竹本肥種が未だ逮捕されるに至らず、被告人は警察での取調べ以来一貫して事犯に関し黙秘を続けていること、被告人等が現在労働争議中である三池炭鉱労働組合の強い統制の下にあり、同組合ないしその上位組合である日本炭鉱労働組合においては、各種パンフレツトにより、捜査機関の任意出頭要求に応ぜず、取調べに対しては一切を黙秘し、供述調書に対する署名押印を拒否すべき旨捜査活動に対処する方法を被告人等所属組合員に指導していること等が窺われ、捜査機関に対する前記被告人及びその他の共犯者と目されている者等の態度はすべて右指導に基くものと推認される。

元来このような捜査機関に対する態度は法律上許容された所為であつて、こうした所為ないしその指導があれば直ちに罪証隠滅の疑いありとなすことは到底許されないものである反面、他の諸事情との関連においてはこのような行為やその指導が罪証隠滅の疑いを認定する資料となる場合もあり得るというべきところ、これを本件事犯についてみるに、一件記録によればその認定の証拠資料はすでに捜査機関の取調べを受けた参考人の供述調書が主要なものであり、且つその参考人は前記三井炭鉱労働組合の対立争議当事者である三井鉱山株式会社三池鉱業所の使用者側の者、右組合の争議方針に対する批判的勢力によつて結成せられ使用者側よりロツクアウトを解除せられている所謂新組合に属する者、この新組合を支援する職員組合に属する者が大半を占めていることが明らかで、現在の右争議における対立関係の深刻さに思いを至すときは、これらの参考人が将来すでになした供述を被告人に有利にひるがえすことは到底想像しがたいところである。そうすれば検察官が本件準抗告の理由とする刑事訴訟法第八十九条第四号の事由も捜査機関に対する被告人及びその共犯者と目せられる者の前記のような態度ないしその指導の存在にかかわらず、被告人の罪証隠滅はその可能性の点においてすでに否定的な結論に至らざるを得ず、次に検察官が本件準抗告の第二の理由となす同条第五号の事由についても、所謂暴力団の暴力事犯と本件事犯との質的な相違や前記諸事情を綜合すればこれまた否定的結論に至る。その他全資料を検討しても前記裁判官のなした本件保釈許可の裁判を以て違法または不当となすべき事由は発見できないから結局本件準抗告はその理由なきに帰し刑事訴訟法第四百三十二条第四百二十六条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 山下辰夫 嘉根博正 成瀬和敏)

別紙(第一)

準抗告申立書

被告人 西川敏昭

右の者に対する建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反、傷害被告事件について熊本地方裁判所裁判官が本日なした保釈決定の裁判に対し左記の理由により準抗告を申立てる。

昭和三十五年六月八日

熊本地方検察庁

検察官検事 原田重隆

熊本地方裁判所 御中

第一、申立の趣旨

被告人は罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるのみならず刑事訴訟法第八十九条第四号、第五号に該当することが顕著であるのに、それらの理由なしとして保釈決定したことは著しく判断を誤つたものであるから右決定を取消されたく請求する。

第二、理由

一、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由のあることは疏明資料に徴して明らかである。

二、被告人の共犯者数名は取調べをするため任意出頭を求めているが現在尚出頭せず、被告人と同格の主謀者竹本肥種は自ら所在をくらませて逮捕を免れんとしている。被告人等は三池炭鉱労働組合の強い統制の下におかれて公権力の行使である捜査活動に対し、一方的に国家権力による労働組合運動に対する弾圧であると曲解して末端の組合員に至るまでその宣伝を徹底している現状である。したがつて被告人を釈放すれば未逮捕の共犯者等と通謀の上罪証隠滅の挙にいずる公算がきわめて大である。

(以下省略)

別表(第二)

公訴事実

被告人は三井鉱山株式会社(以下会社と略称する)三池鉱業所の鉱員をもつて組織する三池炭鉱労働組合(以下三鉱労組と略称する)の組合員で同労組はかねてより会社の企業整備案に反対して労働争議中のところ、昭和三十五年三月二十七日荒尾市原万田二百五十番地所在三川鉱万田竪坑に保安要員として入構した三鉱労組員緒方義房が三鉱労組を脱退して三池炭鉱新労働組合(以下新労組と略称する)に加入し、同日の三番方の勤務が終了しても同坑より退出せず引続き就労のた同坑構内に留まつたことに関して被告人は右緒方の所為が万田竪坑係長久保雅登、同坑主席係員上野正見の勧誘によるものと思惟して憤慨し、事業所閉鎖中にして三鉱労組員に対してその立入を禁止している右万田竪抗構内に侵入して右久保雅登等に抗議しようと企て、翌二十八日午前六時四十分頃同坑正門前に配置されていた三鉱労組ピケ隊の竹本肥種等約三十名の者と共に意思相通じて被告人において率先して右係長久保雅登の制止にも拘らず同坑表門附近の外柵を越えて同坑構内に侵入し同坑繰込場二階の事務所前に至り、続いて前記竹本肥種において前同様前記外柵を越えて構内に侵入して表門横の小門の会社所有に係る錠を鉄棒で叩き壊して内側より右小門を開き、表門外に待機していたピケ隊員約三十名の者を構内に導き入れて侵入させ、相共に前記事務所前に至り被告人および竹本肥種は右事務所の施錠してある会社所有にかかる表戸の腰板を蹴破つて同事務所内に入り、その表戸の施錠を外して前記ピケ隊員を導き入れ、もつて同坑管理責任者久保雅登の看守に係る建造物に不法に侵入し、同所内に居た右久保雅登、上野正見に対し「緒方を坑内より出せ」等と怒号したが、右久保等において之を拒絶したので、被告人は「もんでやるから外に連れ出せ」と指揮し、右侵入したピケ隊員中の十数名の者と共同して右久保等両名に対しそれぞれその身体を押す、引く、蹴る等の暴行を加えながら右事務所より強いて表門外道路に連行し、ピケ隊員約百五十名が監視し怒声、罵声を浴せる中で被告人及び前記竹本指揮の下に、ピケ隊員約三十名と共同して右久保等両名及び同鉱職員西山勝市等六名を取り囲み午前七時頃より午前九時頃までの間数回り亘り一回当り五、六分位宛その周囲をわつしよい、わつしよいと掛声をかけて廻りながら前後左右より同人等に体当りしてその身体を揉あげ、その身体をところきらわず多数回殴打したり足蹴にし、ついで「代表者会議をやる」と称して右久保等を伴つて前記事務所に赴き午前九時過頃より午後三時二十分頃までの間同事務所でピケ隊員約二十名と共に右久保等を取囲み同人等に対し緒方義房を昇坑させるよう要求し、同日午後三時二十分頃被告人が「何時までん判らんけん外に引張り出してもめ」と指揮し、他のピケ隊員五、六名と共同して右上野の両手を掴んで引き、背後より押す等して同事務所より再び表門外道路に連し出し前同様ピケ隊員約五、六十名位が罵声を浴びせかけるなかで同人並びに同人の身を案じて来た前記久保の両名を被告人及び竹本肥種両名の指揮の下にピケ隊員約三十名と共に取囲み、右久係に対しては一回、右上野に対しては二回に亘り一回当り五分間位宛同人等の周囲を掛声かけて廻りながら前後左右より突当つて身体を揉みあげ、その身体をところきらわず突く、押す、引く、蹴る等し、右上野に対してその頭上からバケツで水を浴びせかけ、右久保に向い「お前の様な奴は打ち殺すぞ」と怒号し、もつて多衆の威力を示し、且つ数人共同して暴行、脅迫、器物損壊をなし、前記暴行により右久係に対し治療に約一ヶ月を要する顔面挫創、後頭部、右上腕、胸部打撲溢血、右肩胛部、左右大腿打撲を、右上野に対し治療に約一ヶ月を要する右下腿打撲挫創、左下肢打撲を、右西山に対し治療に約四日間を要する左下腿擦過創、背部打撲を夫々負わせたものである。

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